はねこの日常

私の存在を1ミリでも知ってほしい

自己顕示欲という名の煩悩。

 

インスタ映えという言葉をよく耳にする。インスタグラムが流行りだしてからというもの、何かにつけ写真を撮り、それを共有する。いいねを多く欲しいがために、"共有する"という形から"自分を提示し認めてもらう"という形へとだんだん変わっていっている気がする。

 

あなたの周りにこんな人はいないだろうか。写真に写っている友達に許可もなく写真や動画をストーリーに載せる人。私も勝手に載せられる人の1人で、常日頃不満を持っている。無許可で、自分以外の他人が写っている写真を世界中に発信するというのは何事か。憤りを覚えるのだが、声にだしてそれを指摘出来ない自分がいる。

「ブスだから載せないでよ〜」と軽く言ってはみるものの、「可愛いから大丈夫だよ〜」と。いや、そういう問題ではない。だが、それ以上何も言えない自分が不甲斐ない。

 

インスタ。

 

インスタグラム。

 

結局は自己顕示欲の強い人たちのはけ口ではないだろうか。私は風景や食べ物しか載せないが、やっぱり、「私はこんなにおいしいものを食べた」「私はこんなに素敵な景色を見た」という顕示欲から載せているのは否めない。自己顕示欲は人間の本能的な部分で、インスタをやっていない人も少なからずは持っているし、インスタとは別のツールで発信・表現している人もいるだろう。自己顕示欲が悪いと言うつもりはない。私の中で溜まっている鬱憤は、昨今その自己顕示欲が強すぎる人が多くはないだろうか、ということだ。承認欲求もしかり。

 

私はこういう人間なんです!認めてください!

 

自分を表現するのはいいことだし、生きていく上では必要不可欠かもしれない。だけど、インスタというツールで自分を強く出し過ぎるが故に、自分ではない相手(この場合写真に登場する友人)を無許可で登場させ自分を誇示するのは違うと思うのだ。

 

私の友人は写真を載せ、自分は他にも友だちがいるんだというようなコメントを添えていた。問いたい、友だちとは何ですか?

 

 

 

 

 

朝陽を好きになれる日は来るのか

 

私は朝が嫌いだ。朝陽を見ると憂鬱になる。あぁ、また1日が始まるんだ。と気分が沈む。逆に夕方は大好きだ。夕日を見ると落ち着くし、ずっと側に居て欲しい気持ちになる。これから夜が始まるっていくわくわく感もいい。空の、オレンジから深い青に変わるコントラストも心地いい。

冬の夜も好き。冷たい空気が心地よくて、ずっとそれに包まれて居たいと思う。

なんだろう。多分、普通の健康的な心ではないんだ。(と誰かに言われたなぁ。)

 

先日、電車に乗っている時に「北尾根の朝陽を見て、自然を感じよう。きっと朝を寝過ごすのがもったいなくなる」(みたいな文。正確ではない。)というような広告を目にした。

「そんなことあるか」とツッコンでみたが、電車の中は混んでいたし、ちょうど目の前にあった広告だったから私はその広告をずっと見ていた。ずっと見ていると、考えるものがあった。私は朝が嫌いで、朝陽を見るのが嫌だ。でも私とは逆に、朝が朝陽が好きな人ももちろんというか大多数いる。いつから朝が嫌いになったんだっけ、いつからこんなひねくれた人間になったのだろう。だんだん気持ちが溢れてくるのを感じた。

「もし朝が好きになったら、もし朝を寝過ごしたくないって思えたら、私の中の何かが変わるのかもしれない」

広告って何気なく目にして、忘れさられていくものだと思う。なのに、たった1枚の広告が私の中の「何かが変わるかも」という期待や希望を生み出してくれた。期待とか希望とかは大袈裟かもしれないけど、確かにそれに似た何かは生まれた。

 

朝が好きになって、私の意識が変わったところで、周りの人は何も変わらない。変わらないけど、変わらないって分かってるけど、私自身が変わりたいって思ったこと、それは私の中ではすごく大きな出来事だ。

今はすごく人生に迷走していて、人生って何のためにあるのかとか、なぜ毎日起きて寝るのか、とか哲学的な何かラビリンスのようなものに陥っているから尚更尾根の広告が目についたのかもしれない。

変わらなければ、今までと何ら変わりなく毎日が過ぎていくけど、変われば些細なことでも変化は起きる。変わらなければいいって思えるものあるし、そうじゃなければいいのにって思うものもある。なんだろうか、この無限ループみたいな思考は、、。

 

北尾根、行ったことないな。

いつか行ってみたい。どんなとこだろうか。