はねこの日常

私の存在を1ミリでも知ってほしい

朝陽を好きになれる日は来るのか

 

私は朝が嫌いだ。朝陽を見ると憂鬱になる。あぁ、また1日が始まるんだ。と気分が沈む。逆に夕方は大好きだ。夕日を見ると落ち着くし、ずっと側に居て欲しい気持ちになる。これから夜が始まるっていくわくわく感もいい。空の、オレンジから深い青に変わるコントラストも心地いい。

冬の夜も好き。冷たい空気が心地よくて、ずっとそれに包まれて居たいと思う。

なんだろう。多分、普通の健康的な心ではないんだ。(と誰かに言われたなぁ。)

 

先日、電車に乗っている時に「北尾根の朝陽を見て、自然を感じよう。きっと朝を寝過ごすのがもったいなくなる」(みたいな文。正確ではない。)というような広告を目にした。

「そんなことあるか」とツッコンでみたが、電車の中は混んでいたし、ちょうど目の前にあった広告だったから私はその広告をずっと見ていた。ずっと見ていると、考えるものがあった。私は朝が嫌いで、朝陽を見るのが嫌だ。でも私とは逆に、朝が朝陽が好きな人ももちろんというか大多数いる。いつから朝が嫌いになったんだっけ、いつからこんなひねくれた人間になったのだろう。だんだん気持ちが溢れてくるのを感じた。

「もし朝が好きになったら、もし朝を寝過ごしたくないって思えたら、私の中の何かが変わるのかもしれない」

広告って何気なく目にして、忘れさられていくものだと思う。なのに、たった1枚の広告が私の中の「何かが変わるかも」という期待や希望を生み出してくれた。期待とか希望とかは大袈裟かもしれないけど、確かにそれに似た何かは生まれた。

 

朝が好きになって、私の意識が変わったところで、周りの人は何も変わらない。変わらないけど、変わらないって分かってるけど、私自身が変わりたいって思ったこと、それは私の中ではすごく大きな出来事だ。

今はすごく人生に迷走していて、人生って何のためにあるのかとか、なぜ毎日起きて寝るのか、とか哲学的な何かラビリンスのようなものに陥っているから尚更尾根の広告が目についたのかもしれない。

変わらなければ、今までと何ら変わりなく毎日が過ぎていくけど、変われば些細なことでも変化は起きる。変わらなければいいって思えるものあるし、そうじゃなければいいのにって思うものもある。なんだろうか、この無限ループみたいな思考は、、。

 

北尾根、行ったことないな。

いつか行ってみたい。どんなとこだろうか。